写真の見え方

先日、プルームのお友達ブログのちわわんの部屋の記事「はとばキッチン! その2」の写真を見て
ぷりんちゃんみたいに見えるなぁ~と思って、こんなコメントをしました・・・


4枚目のトレーのパスタはぷりんちゃんの顔になってるの? 唐揚げを見つめてるようだけど・・・


羽パパがそのように見えた写真ですが、ちわわんさんはオリーブの実が好きだから無意識に
実を置いたそうで、全く意識していなかったそうなのです・・・

写真の見え方にはいろいろあるようで、実は羽パパもそんな経験をしたことがあるのです・・・

それは先代ボルゾイのアドニスと同年生まれで、アドニスととっても仲良しだった雑種のリコシェに
纏わるお話です

お母さんは純血ビーグル、でもお父さんが分からない雑種の番犬リコシェが亡くなってからの
お話です

ちびくろリコシェはとっても優秀な番犬だったのに9歳と言う若さで逝ってしまいました

彼の死には今でも後悔することがあります

彼は9歳の時に重い肝臓障害を患い、その命を終えたのです
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実家では外犬の番犬として生きてきた彼を、彼が大好きなアドニスとムックの住む家に招いて
今考えれば治る筈の無い病の彼は、自分の余生を大好きな仲間と一緒に暮らしました

この頃はすでに何も食べることが出来ませんでしたが、アドニスとムックはリコシェを仲間として
家に迎え、彼らなりにリコシェに尽くしてくれたのです

時々、苦痛に顔を歪める彼はいつも羽パパのパジャマに包まると安心した表情になって眠るのです
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アドニスもリコシェを心配して、いつも傍に寄り添いました
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庭に出てもアドニスはリコシェが心配で、彼から離れませんでした
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彼らは犬種が違えど大親友だったのです

もちろん!ムックもリコシェが大好きでした・・・でもいつもいじめられてた
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この写真が3頭で撮影した最初で最後の写真になりました・・・今、この3頭はみんなお星さまです

この写真を撮影した数日後にリコシェは逝ってしまいました・・・

その日から少し経って羽家は新しい家に引っ越すことになりました・・・

新しい家での写真撮影・・・アドニスを撮影したのですが、足元の人工芝とアドニスの後ろの外流し、
つまりアドニスの前後のピントは合っているように見えるのですが、アドニスがぼやけているのです
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そしてこの写真を見た羽ママがこう呟いたのです・・・

リコシェは本当にアドニスが大好きだったんだね・・・

ここにリコシェが居るよ・・・と言って、アドニスの耳を指差したのです

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たまたまこのような模様になったのでしょうが、写真の見方によってはリコシェの顔に見えます

羽パパはアドニスとリコシェはいつも一緒なんだ・・・と信じています

ちびくろリコシェ リコシェがくれた教訓・・・より (羽パパのリコシェへの後悔の記事です)
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ちびくろリコシェ~リコシェのくれた教訓

忘れられない犬がいる。ちびくろリコシェ。番犬ゴンの先輩犬で
母親はビーグルの純血種。でもお父さんがわからない。
1994年6月17日生まれの雑種。アドニスとは同期犬で、とっても仲良しだった。
名前の由来はドイツのプログレッシヴロックグループ タンジェリンドリームの曲目「RICOCHET」
から命名した。意味は「兆弾」「石を水面に水平に投げて弾む様子」とある。
子犬の頃、ぴょんぴょんと跳ねるようにはしゃいでいたのでリコシェになった。
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ご覧の通り、ワイヤーヘアーの魅力的な風貌である。

番犬としての腕前もゴン以上であった。親しい友人達は今でもリコシェを思い出し
「歩いててさぁ、後ろからリコシェの足音が近づいて来たら動けなかったもんな」
確かに唸りながら相手に近づき、ビーグル特有の遠吠えの様な吠え方で侵入者を威嚇する。
性格は強かったが、飼い主には従順であった。

アドニスと遊ぶと体格では敵わないリコシェはアドニスの首に噛み付き、ぶら下がりながら
振り回されていたが、それでも放さない根性の持ち主であった。

ある日、それまで病気もせずに健康優良児であったリコシェの食欲が急に無くなった。
「暫くすれば食欲も戻るだろう。単なる胸焼けだろう」安易に考えた私は様子を見る判断をした。
「雑種は強い」と言う間違った固定観念があったからである。
でも、二週間が過ぎても食欲は戻らなかった。判断を間違えたのである。

ようやく獣医師の診察を受けた時にはリコシェの身体は末期的な肝臓障害に蝕まれていた。
獣医師から入院か通院治療させるか説明を受け考えた結果、私は入院させて治療する事にして、
毎日リコシェに会いに行く約束をた。もしかしたら介護の大変さから逃げていたのかもしれない。
「外犬だから夜の一人は慣れているし、入院しても大人しくしているだろう。」そうも考えた。
入院して五日後、その間ずっと家に帰りたくてケージに鼻を擦り付けて傷ついた姿を見て
獣医師とも良く相談し自宅療養することにした。ここでも私は判断を誤ったのである。

実家よりもアドニスやムックが待つ私の家に連れて帰り、残り少ない時間を穏やかに
過ごさせる事にした。勿論、全快させる希望は捨てていなかったが・・・

彼にとって初めての室内での生活であったが、排泄の時は吠えて教えて苦しい素振りも見せず、
気丈にも自分で歩いて外で用を済ませる。優秀犬であった。
会社のパソコンを自宅に持ち込み付きっ切りで看病したが、彼は二度と食事をする事は無かった。

アドニスの行動にも、節々でリコシェを心配するかのような行動が見られた。
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大丈夫か?(リコシェを気遣うアドニス)

アドニスとムックはリコシェをとても大切にして微笑ましい光景が見られた。
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初めてのスリーショット写真。

この写真を撮影して数日後、リコシェは逝ってしまった。
2003年 2月1日 午後12時15分永眠

それからまもなく、リコシェ・アドニス・ムックと楽しく有意義な時間を過ごした家とお別れし、
引っ越すことになった。

リコシェがくれた教訓
僕たちが何時もと様子が違うときは、直ぐに病院に連れて行ってね。
人間年齢にすると僕達にとっての二週間は人間の数ヶ月の時間に匹敵するんだよ。
だから僕達を何時も良く見ていてね。
どんな犬でもお父さんお母さんと一緒に居るのが一番楽しいんだよ。
病気の時は一緒にいてね。

リコシェの死後、やはりアドニスが9歳の時に獣医師の診察を受けたことがある。
何処が悪いんですか?の質問に
「アドニスがこんなに、こびを売るように近寄って来るのは珍しいんです。何処か不安そうな・・・
それと寝るときに、ちょっと苦しそうに見えるんです。」
診断結果は初期の軽い胃捻転だったようです。
「普通なら苦しがってから、ようやく飼い主が異変に気が付くケースが多いのによく気付きましたね」
担当の先生からもお褒めの言葉をいただきました。
「リコシェ ありがとう」 心の中で、そう呟いた。

「でもアドニス君のこれからの命は、おまけの命と考えた方がいいよ」そうも言われましたが
ドッグランを元気に走れるまで回復し、彼のおまけの命は5年6ヶ月になろうとしています。

リコシェとの思い出の家から引越し、アドニスも新しい環境に慣れた頃に庭で写真を撮った。

「やっぱりリコシェはアドニスの事が大好きだったんだね」と妻が呟く。
アドニスの耳にリコシェの面影・・・
09.pngこの写真はクリックで拡大できます。


リコシェへ 君の生涯は無駄にはなっていないよ。